前回は日本のジェンダー平等に関する国際指標を紹介しながら、日本のジェンダー平等を中心とした日本のD&I環境についてお伝えしました。
国際的な遅れが指摘される日本のD&I環境ですが、今回はそんな環境を企業活動の中で改善していこうと企業の活動を後押しする政府の取組と、日本企業の取り組みを紹介します。
1.“ダイバーシティ経営"とは
ダイバーシティ経営という言葉を聞いたことのある方も多いと思います。経済産業省の定義によると、ダイバーシティ経営とは「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」とされています。
今、日本企業の多くがこのダイバーシティ経営を自社に取り込もうと取組みを進めています。
こうした動きの背景には、日本国内はもちろん、世界を取り巻く外部環境の変化と、この変化へ対応しつつ、企業価値を向上させなければグローバルな競争環境で生き残ることはできないという環境認識があります。
①少子高齢化
日本国内に目を向けると、やはり少子高齢化の進展があげられます。少子高齢化の度合いを測る指標のひとつとして「老年人口指数」というものがあります。これは、15~64歳の「生産年齢人口」に対して、65歳以上の「老年人口」がどれくらいの割合なのかを数値化したものです。
2019年の国連の調査によりますと、日本の老年人口指数は48.0、これに対しアメリカ合衆国は25.6、イギリスは29.3、急速な少子高齢化が進んでいるとされる中国は17.0と、日本の少子高齢化の進行度合いが突出して高いことがわかります。
この少子高齢化が進んだ労働市場において、日本企業は従来の日本人男性を中心とした人材戦略では絶対的な労働力不足に陥ることから、より多様な人材を労働力として活用とする必要に迫られています。
②VUCA時代
世界に目を向けると、現在の世界は史上まれにみる大変革の時期を迎えていると言われています。こうした外部環境の劇的な変化もまた、日本のダイバーシティ経営の推進に影響を与えています。
2016年の世界経済フォーラムで頻繁に取り上げられたキーワードに「VUCA」というものがあります。
これは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉です。AIやIoTに代表されるような新しい技術が既存の産業構造を劇的に塗り替えているほか、異常気象や大規模な山火事といった環境問題に端を発する気候変動、また世界中がその対応に追われるコロナウィルスの蔓延など、今の世界はまさしくVUCA時代と呼べるでしょう。ダイバーシティ経営は、多様な属性、多様な感性・能力・価値観・経験などを持った人材を内包することで、こうした見通しのきかない時代に対応できる組織の素地を築こうとする施策としても捉えられています。
③イノベーション
また、企業の競争戦略上不可欠となっているイノベーション創出のための重要な要素としてもダイバーシティは必要とされています。
イノベーションに関する研究で知られるハーバード・ビジネス・スクールのリンダ・ヒル教授は著書の中で、「イノベーションの源泉は、知と知の組み合わせであり、「創造的な摩擦」が組織内の議論や衝突を通じ、革新的な考えを実現するもの」と指摘しています。組織において価値観・経験・能力等の多様性を実現することが有効であり、イノベーションを創出する上で、多様な人材ポートフォリオを構築し、様々な能力を遺憾なく発揮できる環境を作ることが不可欠であると考えられています。
日本企業は、国内の少子高齢化の進行による人材不足、VUCAに象徴されるような大規模な変革期への対応、そして企業価値向上のためのイノベーション創出のため、ダイバーシティ経営に取り組んでいます。
2.取り組まれ始めたダイバーシティ経営とその弊害
経済産業省では、日本企業のダイバーシティ経営を推進するため、平成24年度より、「ダイバーシティ経営企業100選」「新・ダイバーシティ経営企業100選」として、優れたダイバーシティ経営を行う企業の表彰を行っています。
審査では、①多様な人材の活躍を経営戦略としての実効性(実際に経営課題が解決されたか)、②取組内容の革新性・先進性、全社レベルでの取り組みの浸透度や③継続性という三つのポイントから評価を行っており、これまでの8年間で268社が選定されています。
こうした取り組みの効果もあり、ダイバーシティやダイバーシティ経営という言葉自体は一定の浸透をみました。
一方で、取組を進める経済産業省自身も、企業の現場ではダイバーシティの導入により、ミスコミュニケーションの増加、働き方の多様化による組織やチーム運営の混乱、さらには人事評価の複雑化による不満発生など、多様性は短期的にはコンフリクトに直面する可能性をもっているほか、「要請を受け身に対応」し「形式的に落とし込」んだ結果、「成果の実感の無い状態で取り組みを継続」することになり、取組の「メリットが見えない」という悪循環に陥る可能性もまたあると指摘をしています。
3.ダイバーシティ2.0
以上のように、ダイバーシティという概念自体が広く浸透し、多くの企業において様々な取組が推進されている一方で、形式的・表面的な対応も懸念される状況も生まれつつあります。こうした危機感の元、経済産業省が新たに提唱したコンセプトが「ダイバーシティ 2.0」です。
「ダイバーシティ 2.0」は、「多様な属性の違いを活かし、個々の人材の能力を最大限引き出すことにより、付加価値を生み出し続ける企業を目指して、全社的かつ継続的に進めていく経営上の取組」と定義づけられており、短期的な弊害にとらわれることなく、より実効的な成果を得るためのポイントとして、
1 中長期的・継続的な実施と、経営陣によるコミットメント
2 組織経営上の様々な取組と連動した「全社的」な実行と「体制」の整備
3 企業の経営改革を促す外部ステークホルダーとの関わり(対話・開示等)
4 女性活躍の推進とともに、国籍・年齢・キャリア等、様々な多様性の確保
1. 経営戦略への組み込み
経営トップが、ダイバーシティが経営戦略に不可欠であることを示す「ダイバーシティ・ポリシー」を明確にし、KPIやロードマップを策定するとともに、自らの責任で取り組みをリードする。
2. 推進体制の構築
ダイバーシティの取り組みを全社的、継続的に進めるために、推進体制を構築し、経営トップが実行に責任を持つ。
3.ガバナンスの改革
構成員のジェンダーや国際性の面を含む多様性の確保により取締役会の監督機能を高め、取締役会がダイバーシティ経営の取り組みを適切に監督する。
4.全社的な環境・ルールの整備
属性に関わらず活躍できる人事制度の見直し、働き方改革を実行する。
5.管理職の行動・意識改革
従業員の多様性を活かせるマネージャーを育成する。
6.従業員の行動・意識改革
多様なキャリアパスを構築し、従業員一人ひとりが自律的に行動できるよう、キャリアオーナーシップを育成する。
7.労働市場・資本市場への情報開示と対話
一貫した人材戦略を策定、実行し、その内容や成果を効果的に労働市場に発信する。投資家に対して企業価値向上につながるダイバーシティの方針・取り組みを適切な媒体を通じ積極的に発信し、対話を行う。
4.ダイバーシティ2.0の実現に向けて
ダイバーシティ2.0の提唱に合わせて、ダイバーシティ2.0に向けた取り組みを進める企業を顕彰する制度として、経済産業省は新たに「100選プライム」という制度を設けました。
「100選プライム」は過去の100選受賞企業から、特に先駆的な取組を行う企業を選定し、外部有識者からなる「運営委員会」が審査・選定を実施しました。2017年度から実施され、累計6社(大企業6社)を選定しています。
「100選プライム」が始まった2017年度は70社の応募のうち、選定されたのは2社ということで、選定されるのは狭き門という見方ができると思います。
導入初年度に選定された2社のうちの1社であるカルビー株式会社では、利益率の低迷に直面し、2009 年に外部から代表取締役会長兼 CEO として松本晃氏を迎え、ダイバーシティ推進を開始しました。
松本氏は、当時社員の約半数を占めていた「女性」の管理職への登用が進んでいない等、活躍できていない状況に大きな危機感を覚え、数値目標の達成度に基づく業績評価制度など、多様性を活かすための組織・風土作りを行いました。
また、2009年には社内取締役を9名から2名減らす一方で、当時としては珍しかった社外取締役を2名から5名に増員するなど、社外の声を経営に取り入れる形でコーポレート・ガバナンスの強化を実施しました。
こうした取り組みの中で、女性の事業本部長が開発したシリアル「フルグラ」の売上が、2011年の37億円から2016年に241億円までに伸びるなど、ダイバーシティ推進がヒット商品の誕生と収益の改善の一助となっています。
「100選プライム」は過去の100選受賞企業から、特に先駆的な取組を行う企業を選定し、外部有識者からなる「運営委員会」が審査・選定を実施しました。2017年度から実施され、累計6社(大企業6社)を選定しています。
「100選プライム」が始まった2017年度は70社の応募のうち、選定されたのは2社ということで、選定されるのは狭き門という見方ができると思います。
導入初年度に選定された2社のうちの1社であるカルビー株式会社では、利益率の低迷に直面し、2009 年に外部から代表取締役会長兼 CEO として松本晃氏を迎え、ダイバーシティ推進を開始しました。
松本氏は、当時社員の約半数を占めていた「女性」の管理職への登用が進んでいない等、活躍できていない状況に大きな危機感を覚え、数値目標の達成度に基づく業績評価制度など、多様性を活かすための組織・風土作りを行いました。
また、2009年には社内取締役を9名から2名減らす一方で、当時としては珍しかった社外取締役を2名から5名に増員するなど、社外の声を経営に取り入れる形でコーポレート・ガバナンスの強化を実施しました。
こうした取り組みの中で、女性の事業本部長が開発したシリアル「フルグラ」の売上が、2011年の37億円から2016年に241億円までに伸びるなど、ダイバーシティ推進がヒット商品の誕生と収益の改善の一助となっています。
ダイバーシティ経営を実現していくには、ダイバーシティとインクルージョンを両立させる必要があると思います。
インクルージョンとは、従業員がお互いを認め合いながら一体化を目指していく、組織のあり方を示します。導入当初は困難に直面しても、従業員一人ひとりの多様性を受け入れ、成長や変化を推進する取り組みを継続することが、組織の一体感を醸成し、ダイバーシティ経営の成功につながっていくのではないでしょうか。